温泉研究No.17 宿への応援メッセージ ~ 鳥取県・岩井温泉「岩井屋」~

温泉学会副会長 大川哲次

1.

鳥取県・岩井温泉の「岩井屋」は、私の好きな温泉宿の十指に入る「やすらぎ」と「疲れ直し」を存分に与えてくれる宿だ。今から5年ほど前までは毎年1~2回のペースで素晴らしい湯、素晴らしい料理、そして静かで落ち着いた雰囲気と心のこもった接客を求めて訪ねていた。山陰では数少ない「日本の秘湯を守る会」会員の宿の一つでもある。

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岩井温泉は、約1200年の歴史を持つ山陰最古の温泉だ。平安時代の有名な書物の延喜式にも山陰では唯一の温泉場として登場。かつては、京へ行き来する商人たちで栄え、明治・大正時代には近くに銀の鉱山があったことから最も繁栄。10数軒の宿や料亭、そして30人余りの芸者がいたそうだ。しかし、昭和9年の大火災以来宿の数も徐々に減少し、現在は蒲田川沿いの旧街道に沿って温泉宿3軒、共同浴場施設1軒のみの静かで小さな温泉街となっている。

岩井温泉には、温泉の効能を高めるため、長時間湯につかって柄杓で頭に湯をかぶる「湯かむり」という珍しい入浴法が伝わる。温泉街の中央付近に「湯かむり温泉」という共同浴場が存在。

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共同浴場のすぐ隣に山陰道の宿湯として賑わった江戸時代末期創業の「岩井屋」がある。今は、7代目ご主人の山田耕平さんが、弟の昌平さんと兄弟で力を合わせてこの宿を切り盛りし、山陰で最も人気の高い温泉宿に成長している。

湯船の底から温泉が直に湧き出て、直立しても胸まで浸かるレトロな雰囲気の浴槽の長寿の湯

この宿には5つの素晴らしさがある。まず1つ目は、温泉が素 晴らしいこと。加水や加温をしない源泉掛け流しの本まもんの良質の天然温泉だ。特にこの宿自慢の「長寿の湯」は、湯の底からコンコンと湧き出ている自家源泉の自噴温泉。泉質はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉(旧含芒硝石膏泉)、泉温47.6℃、PH値7.3、湧出量毎分薬800ℓで、浴用は神経痛・きりきず・慢性皮膚病などに、また飲用は慢性便秘などの万病に効くと言われる療養泉である。浴場は、約1mの深さがあり、窓がステンドグラスのレトロな雰囲気が漂う「長寿の湯」、同じく深さが約1mあり町屋風造りの「祝いの湯」、石組み露天風呂の「背戸の湯」、黒御影石と高野杉を組み合わせた誰でも利用できる「貸切風呂」の個性豊かな4つの浴湯を備える。

2つ目は、地元産の魚介や野菜などの素材にこだわる見た目にもきれいな料理がたいへん美味しいこと。この宿の料理長を務める山本和男さんは、新鮮な素材にできるだけ手を加えず素材の持つ味を最大限引き出す調理方法にこだわる。冬は山陰の代表的味覚の松葉ガニが、また夏には岩ガキなどが中心となって食膳に並ぶ。3つ目は、宿の雰囲気が旅情をそそる落ち着きの宿であること。昭和10年に再建された木造3階建の建物は、幾度かの改築を経た民芸調の建物。ロビーや談話室などには地元鳥取の民芸調度品が置かれ、また廊下や部屋には現7代目女将の山田揚子さんが毎朝摘んでくる四季の山野草が趣を添える。4つ目は、女将や宿の人たちから素朴で心のこもった接客を受けられること。それら接客がこの宿のファンとなる大きな要素となっている。5つ目は、すぐ近くに美しい海岸美の浦富海岸や日本一の砂丘の鳥取砂丘などたくさんの見所があることである。

見た目にもきれいな郷土色豊かな岩井屋の夕食(一部のみ)

私が親しくさせてもらっていた今は亡き6代目名物女将の山田和子さんが、いつも語っていた「ため息は唯一心の言葉と言われています。私たちはお客様のため息が聞きたくてこれまでつとめてまいりました。気が付けば百年、そしてさらなる歳月、この岩井の地で花と共に歩み、日や月を見上げつつ、心安らぐ旅籠にと願っております。」という和子さんのこの宿への深い思いが、今もこの宿に忠実に受け継がれているのである。

今のようなコロナ禍の困難な時代にこそ、自分の心の安らぎを求めて一度は訪ねて欲しい温泉宿である。


お宿のデータ

岩井温泉岩井屋
所在地: 鳥取県岩美郡岩美町岩井544
電話番号:0857-72-1525
部屋数 15室(定員50名)
宿泊料金   1万8000円(税別)~
       (1泊2食付)  冬期の松葉カニ料理の場合は
              3万6000円(税別)~

著者プロフィール

大川 哲次
大川 哲次温泉学会副会長/弁護士
おおかわ てつじ

三重県尾鷲市生まれ。
弁護士(よつば法律事務所所長)
大阪弁護士会副会長(1998) 1988年より受刑者や非行少年に対する改善更生のための篤志面接委員活動を行い、長年の篤志面接委員の活動により2016年藍綬褒章受章。そのかたわら日本百名山全山登頂、日本の温泉1981入湯、海外103ヶ国訪問済み。記録更新中。日本ペンクラブ会員・日本旅のペンクラブ関西部代表理事・日本山岳会会員・大阪ユネスコ協会理事・島根県奥出雲町特別顧問・大阪奈良県人会理事など。


2020.2.6現在